最近では、よく格差社会だといわれています。
この一因が低賃金の派遣社員の増加ともいわれています。
この一番大きな理由が、自由化の一環である規制緩和の流れです。
一昔前までは派遣できる業種は通訳といったような特殊なものに限られていたのが、規制緩和により他の業種にも適用されるようになってきました。
バブル崩壊後の長期不況のなかで、企業は当然人件費を抑えようとしますから、賃金の安い派遣社員を使おうとします。この流れが、非正規社員の増加となっております。
ここで「平等と格差」について考えてみたいと思います。
格差社会となっているので、それでは皆平等にすればいいのかということになりますが、これはよく考えてみる必要があります。
皆平等にするという考えは社会主義、共産主義の考え方です。
不思議と今の地球の社会主義国で豊かな国は一つとしてありません。
過去もそうでしたが、今もありません。
この理由の一つは、よく働いた者も、そうでない者も平等に扱ったら、だれも働く意欲を失ってしまうからです。
人間の性として、よく働く人はだんだんばからしくなって、働かないようになってきます。
イノベーションもなかなか起こりません。
この結果、社会は成長がストップし停滞してしまいます。
また別の理由を考えてみます。
たとえば平等に全員を金持ちにしたらどうなるでしょうか。
日本国民全員が金持ちだとしたら、そのうち物価が上昇しインフレとなり、お金の価値が下がり、結果として国民全員が貧乏となるでしょう。
なかなか国民全員が金持ちになることは難しいように思われます。
貧困の平等というのはありえますが、金持ちの平等はないようです。
平等で大切な考え方は、結果の平等ではなく、機会、チャンスの平等ではないかと思います。
教育を受けるチャンス、試験を受けるチャンス、職を選ぶチャンス、出世するチャンス等々。
もし結果の平等だけを求めたら、社会全体が活力を失い、貧しい国となって、そこには貧しさの平等が実現するでしょう。
ある程度の格差はやむを得ないと思います。
皆を自由にしたらどうしても格差は生じてきます。
しかし社会全体としては成長、発展するでしょうから、その中で相対的に貧しい人でも、豊かな社会の恩恵にあずかるわけです。
ただ、どうしても、いろんな事情で働けずに貧しい人も出てくるでしょうから、そういう人たちには救いの手を差し伸べる必要があります。
しかし、行き過ぎた格差社会は問題です。格差社会で問題なのは、働いても、働いても、なかなか楽にならない構造になっていることです。
一生懸命に努力してもなかなか報われないというのは問題です。このままいったら社会が停滞するのは目に見えています。
やはり努力したら、努力しただけの結果が出る社会にしなければなりません。
そうであってこそ、みなやる気が出てきて、社会が活性化するでしょう。
行き過ぎた格差社会は、政治、経済レベルで解決できるものと思われます。