「家庭は社会の縮図」

家庭は社会の縮図であるとよくいわれています。

家庭の中には、社会の、先輩・後輩あるいは上司・部下といった縦の関係、友達・同僚・仲間あるいはグループといった横の関係、男女の役割(*ジェンダーフリーの問題はここでは触れないことにします)といったものの縮図が投影されています。

親子、兄弟姉妹、夫婦、家族間の関係がこれに相当します。
親が意識していようがいまいが、子供は家庭の中でこれらの関係を学んで成長して、社会へ出ていきます。

従って、どのような大人になるか、親の責任は重大です。
子供を育てる時は、親はこのことをよく意識して育てる必要があるでしょう。

子供は親のことをよく見ているものです。そしてよく真似もします。親が言っている言葉を真似してそのまま口にすることがよくあるものです。
親が常々悪い言葉を吐いておれば、子供も真似します。

夫婦げんかが絶えなかったり、いつも夫、あるいは妻に対して不平、不満を言っていませんか。
身内という甘えもあり、感情がストレートに出てしまい、つい悪い言葉を吐きやすくなります。

悪い言葉が出そうになったら、ぐっと思いとどまり、ブレーキをかける必要があります。
親しき中にも礼儀ありです。

また兄や姉に対しては弟や妹の面倒をよくみるように言い、弟や妹に対しては、兄や姉の言うことをよく聞くようなことを教えてやる必要があるでしょう。

親がこれらを意識して子供をしつけさえすれば、ちゃんとした大人になっていくと思います。

「三つ子の魂百までも」といいます。特に幼少期のしつけは大切です。


本テーマ完

「学校では教わらないこと」

一般に人をみてみると、学校の学力や成績がよかったからといって社会へ出て必ずしも成功するとはかぎらないようです。

社会へ出てから成功するには学力以外に、「人間としての信用や信頼感がある、考え方が明るい、積極的で建設的である、陰で悪いことをしない、約束は守る、人のためになることをする、自分に厳しく人には優しい、寛容である、人間関係が良い、忍耐強い、無私である」等が重要な成功要因になっているようです。

これらは持って生まれた性格的部分もありそうですが、教育や努力次第で改善していく余地は充分にあります。

これらは、今の学校教育では十分には教えられないので、家庭における、特に幼いうちからの教育、しつけが大切です。

いくら頭がよくても性格が悪ければ何にもなりません。
悪いことを考え世の中に害を流すだけです。

腹黒いことを何時も考えているような人は信用されません。
そういう人には協力したくなくなります。

学生時代はいくら成績が良くても、考え方が暗く、消極的な人生をその後もずっと続けていくならば、人生は開けてこないでしょう。

今の学校教育では、人生において重要なことをあまり教えていません。

従って、子供が小さいうちは特に家庭教育が大切です。まずしてよいことと、悪いことの善悪を教えることが必要でしょう。

家庭でこうした重要なことを教えなかったら、一体誰が教えてくれるでしょうか。

教育はまず家庭から始まります。

教育の原点は家庭にあります。

(本サブテーマ完)

「完璧主義」

「完璧主義」や「完全主義」は聞こえはいいのですが、これを人生の生き方にパーフェクトに適用するのはかなり難しいようです。

世の中は、なかなか自分の思うとおりにはいかないことも多々あるので、完璧にやろうとすれば、歪みもいろいろと出てきます。

完璧主義の人は完璧にやろうとするあまり、結局何もやらないのと同じことになるということがあり得ます。
完璧にできない自分が許せなくなって、自暴自棄になったり、極端な場合には自ら命を絶ったりします。

また他人にも完璧主義を要求し、厳しいことを言ったりします。
完璧にやろうとする精神的態度は堅持すべきだと思いますが、実践の面において、それが常に達成可能であるとは限らないということも知っていた方がよいと思います。

自分自身に対しても、他人に対しても、ある程度の寛容と許しの精神が必要だと思います。
いわゆる8割主義でいくことです。何事も10割達成しないと、気がすまない、許せないということではなく、8割達成できればよしとする考え方です。

学生時代の進級試験なんかも、満点をとらなければならないということではなく、一定の点数をとれば合格となります。

車の免許とか、諸々の資格試験でも、100点ではなく、ある一定の点数、あるいは競争試験であれば合格圏内(定員数)の点数をとれば合格となります。

満点をとるのは一般になかなか難しいことです。
10割主義でいくと、なかなか達成されないので、多くのものごとがなかなか前に進まないことになりますが、8割主義でいくと、いろんなことが達成できます。

自分も含めた人の能力、性格、人格に対しても、同じです。
 完璧な人はおそらくだれもいないでしょう。

みなそれぞれに、長所、短所があります。 
やはり、自分に対しても、他人に対しても、長所を強調して見ることが大切だと思います。

これが8割主義です。

8割主義でいくと、余裕がでてきて、寛容になり、恐らく人に対しても優しくなれるのではないかと思います。

人間関係を良くするコツでもあります。


本テーマ完

「某会社の経営理念」 

企業にはたいていその会社の経営をやっていく上での基本的考え方や経営方針、
経営哲学を数項目で表した「経営理念」といったものがあります。

国でいえば憲法がこれに近いかもしれません。経営理念をみれば、たいてい
会社の経営者や創業者の考え方が分かります。

経営理念のなかには、各個人の生活信条や人生哲学として参考になるものも
たくさんあるようです。

各個人が生きていく上で精神的バックボ-ンともいうべき生活信条(人生哲学)
を持つことは非常に大切なことだと思います。 

某会社のホームページを見ていたら次のような立派な経営理念が目にとまり
ましたのでご紹介いたします。  

某会社の「経営理念」:
「人生の最高の理念は社会奉仕なり」

具体的な心の実践例として次の項目があげられています。

日常の五心:心の具体的実践例:
「はい」という、素直な心
「ありがとう」という、感謝の心
「おかげさま」という、謙虚な心
「私がします」という、奉仕の心
「すみません」という、反省の心

これは個人の日常生活にも大切な心掛けだと思います。

素直な心、感謝の心、謙虚な心、奉仕の心、反省の心があれば、人間関係は
よくなり、むしろ、人格者として尊敬される人物になっていくでしょう。

企業も人も発展の道はこのへんにあるのかもしれません。

私が以前勤めていた会社の経営理念を紹介いたします。

私はその会社に40才の時転職したのですが、その会社を選んだ理由の一つが
この社訓とこれを創った会長の人柄にほれ込んだためでした。

この社訓は人はどう生きていくべきかをも簡潔に表現しています。

社訓:
1.私は、仕事を通じて社会に貢献します。
2.私は、仕事を通じて自己の完成に努めます。

 

本テーマ完

「媚び」

「上に媚び、下に傲慢、という種類の人物は、自分の智略、器量に自信がない証拠である。」
(「最後の将軍」文庫本P.74より、司馬遼太朗)

確かにこういうことはいえるだろうと思います。たとえば現代でいえば、会社などの職場においても同じようなことがいえそうです。

会社での上司へのごますり、ご機嫌取り、何を指示されてもYESしか言わないようなYESマン。

上司にとって不利になるような情報は流さず、あえて聞き心地の良い情報しか流さないような人はたくさんいるようです。

これはまあ自分や家族の生活がかかっているため自分の出世や人事上で不利にならないよう不本意ながら我慢してやっているという面もあり、同情すべき点はあるだろうとは思います。

現代サラリーマンの悲哀の一つでしょうか。

こういう人たちは多いだろうと思います。ただ問題なのは、こうした人たちの中でも、さらに部下や、後輩たちに対しては、傲慢であり、一方的に意見を押し付けたり、わがままであったり、えらそうに威張ったりしているような人たちです。

自分のサラリーマン時代を振り返っても、確かにこういう人たちがいました。

そしてこうした人たちが部や課の長をしていた場合、自分のグループにメンバーをたくさん抱える傾向にあるようです。

なぜなら自分の智略や器量に自信がないからです。自己保身のために周りを大勢で固めようとします。

企業効率からいってもマイナスです。

いわゆる小物です。

たいした人物ではありません。

誰も尊敬しません。

こういう人たちに部下はついてきませんし、だんだん離れていき、いざというときに
助けてくれないでしょう。

自分の才能、能力、知恵、器量などに自信を持っているような人は、上に媚び、下には傲慢というようなことはしないでしょう。

こういう自信を持っている人たちは、自分の信念、哲学意見等をもっています。

また人間としての器も大きく、人に対して寛容です。

それに則って生きていくので、上に媚、下に傲慢ということはありえません。
こうした人物になりたいものです。

本テーマ完

欲は身を滅ぼす

・「欲深な者は欲のためによく働きはするが、しかし欲に気がとられて物事をありのままに見ることができなくなり、ついに身を滅ぼす」(播磨灘物語司馬遼太郎

・「おごる心があれば、見えるべきものも見えなくなる」(箱根の坂、司馬遼太郎

・「私心があっては、それに囚われて物が見えぬ。物が見えなければ、武辺はできぬ」(播磨灘物語司馬遼太郎

・「私情を殺せば、たいていの人の心や物事はよく見えてくるものだ」(播磨灘物語司馬遼太郎


以上をまとめると、「欲があると物事の本質がよく見えない、真実がよく分からない」ということですが、つまり、言葉を替えれば「公平無私になることが大切である」というようなことです。

自分の欲にだけ目がいき、他人やまわりの環境に目がいかなくなるため、全体像がつかめなくなって、
真実や全体像が見えにくくなるのは容易に想像できます。

以前、ものごとの本質に迫り、真実を知る方法として、複眼の視点を持つことが重要であるというようなことを述べました。

複眼の視点とは:

1.時間的視点(長期、短期)
2.空間的視点(マクロ、ミクロ)
3.立場を替えた視点(相手の立場、他者や他国の立場等) 等です。

本質に迫り、真実を知る方法には、この複眼の視点のほかに上に述べた「公平無私」も追加することができそうです。


本テーマ完

人には4つのタイプがある。(4)

前回はタイプ3の「自分に厳しく、人にも厳しい」タイプについて述べました。

今回は最後のタイプ4の「自分に厳しく、人には優しい」タイプについて述べます。

この四つのタイプの中では、このタイプ4が一番好ましいように思われます。

人間にはいろいろな欲があります。食欲、金銭欲、名誉欲、睡眠欲、性欲などといったものです。

これらは人が生きていくうえで、必要なエネルギーとなっています。

こうした欲がないと人間活動が起きてこないでしょう。

しかしこうした欲は自分に厳しくして、ある程度抑えていかないと、天井知らずです。

睡眠欲は別としても、自分に甘いだけの生活をしていると、時とともに次第に拡大していきます。

例えば、食欲などはほったらかしにしていると、だんだん食事の量が増えてきて、
肥満となります。

おまけに中高年になると新陳代謝も衰えてくるので、若い時みたいに食べていると、
なおさら肥満になりがちです。

金銭欲、名誉欲、性欲などは度がすぎると、犯罪にもなりかねません。

人間はどうしても弱いものですから、自分に甘い考え方をしがちです。

やはりストイックな生き方をして、こうした欲をうまくコントロールしていく必要があるでしょう。

人生に何か大きな目標を持った人ほど、ストイックになりがちです。

なぜかというと、ストイックになって欲望を抑えていかないと、小さなことで足をとられて、志を成就できないからです。

しかし他人に対しては、育てる、気付かせるというような観点からたまに厳しいことも必要ですが、大方は優しい方がよいでしょう。

人は甘きにつきやすい心情を持っていますので、ストイックに生きている人を見ると尊敬します。

またその生き方にならいたいとも思うでしょう。

そして、その人に協力したいとも思うでしょう。このようにストイックな生き方は人に良い影響を与えます。

ただ、長期的にみて大成功を収めるには、ある程度欲を抑えてストイックに生きていく必要がありますが、自分を律する気持ちを持っていると、えてして他人に対しても厳しくなって、前述した「自分に厳しく、人にも厳しい」タイプ3になってくるので、他人に対しては寛容の心や包容力を養っていく必要があります。

本テーマ完