ずっと昔の現役時代ですが、親の子供に対する教育の原点のようなものを見ました。
車で通勤途上のある朝、道路工事のため、いつもと違う道路を迂回して運転していました。
道路の交差点で信号が赤になったので信号待ちをしていたところ、ふと運転席から助手席の窓越しに民家のフェンスを見ると、幅20cm、縦50cmぐらいの板切れがぶら下がっているのに気付きました。
よく見るとその板には拙い字で「犬が吠えるのでごめんね タロウ」と書かれてありました(名前は仮名)。
その字は、彫刻刀かなにかで彫られて、その上を黒の油性ペンで塗ったもののようでした。
おそらく親が小学生ぐらいの子供に言って書かせたのだろうと思います。
感心しました。
私も、住宅地などを歩くとフェンス越しによく犬に吠えられます。いきなり吠えられるとびっくりします。
犬は犬で役目を果たしているつもりでしょうが、必要以上に吠えられると迷惑です。
その度に、「うるさいなあ、なんとかならないかなあ、他人を不快にさせて飼い主はよく平気でいられるなあ」と多少感情的になったりもします。
その親も同じような経験をされたことがあるのだと思います。
それで、その親の家でも犬を飼っているので、他人に迷惑をかけているだろうと思い、子供にさせたのだと思います。
板に書かれたこのようなお詫びの文面を見ると、不思議と腹が立ちません。しかも子供の書いたものはなおさらです。許せる気になります。
なぜか寛容になります。
その親が偉いのは親自身が書くのではなく、子供に書かせたことです。
他人の立場に立ってみることの大切さを子供に教えようとしたのでしょう。
おそらく、板に彫られた文字と同じように、その子供の頭の中には、このことが一生教訓として刻み込まれ、人の気持ちの分かる有為な人材となって、付加価値の高い人生を送ることでしょう。
ここに親の子供に対する教育の原点をみたような気がします。
家庭教育が大切です。
余談:
格言を1つ
・人生は一冊の書物に似ている。
馬鹿者たちはそれをパラパラとめくっているが、賢い人間はそれを念入りに読む。なぜなら、彼はただ一度しかそれを読むことが出来ないのを知っているから。
Byジョン・パウル